日本語英語韓国語中文簡体中文繁体
産業遺産観光
健康用サイトはこちらから
西上州エリアマップ
西上州Q&A
お問合せ
事業者様向け情報
群馬ディスティネーションキャンペーン
あんなか観光ガイド
富岡製糸場 世界遺産推進ホームページ
富岡製糸場を愛する会
鉄道遺産群を愛する会
西上州での交通手段
日本観光協会
メディア掲載情報

 

西上州に点在する絹産業遺産群(世界遺産ユネスコ暫定リスト登録遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」)は、その産業遺産という性質上、事前に歴史的背景・各遺産群の用途、由来を認知してから見学していただいた方が、見所、価値をより理解していただきやすいことでしょう。
予備知識を持っての旅は味わいも楽しさも一段と深まること間違いありません。
西上州観光をより楽しむために知っておきたい絹産業遺産群
西上州と絹産業遺産群

ポール・ブリューナ等フランス人技師たち西上州は開国後の殖産興業政策において、海外への輸出が期待された絹(生糸)産業近代化の最前線となった土地でした。
当時、日本の生糸は人力・または旧来の仕組みをそのまま用いた製糸法であり、フランス・イタリアといった諸外国のものと比べて、大きく品質において劣りました。

日本製の生糸は世界の市場において、「三流品」のレッテルを貼られていたのです。

政府は江戸時代より養蚕・製糸業が盛んであった西上州・富岡の地に、生糸の品質向上、製糸技術者の養成を目的に、製糸先進国であるフランスの機械・技術者を取り入れた、国による官営工場を建設いたしました。

時は1873年(明治5年)。それが製糸場の始まりです。
そして、富岡製糸場の稼動以後、日本の生糸は品質改善が進み、世界市場でも「MADE IN JAPAN」の生糸が認められるようになると、更に養蚕・製糸業は発展していきました。

めがね橋、荒船風穴、甘楽社小幡組倉庫の絹産業遺産群もともと養蚕・製糸業が盛んであった西上州には更に多くの製糸産業関連施設が発生しました。

・養蚕技術の教育施設(1875年高山社蚕室兼母屋
・繭、生糸運搬の施設(碓氷峠鉄道施設:1893年めがね橋・1911年丸山変電所
・蚕の卵を供給する農家、蚕の卵を低温にて保管する風穴(1906年荒船風穴

旧来からの座操り製糸農家も組合化が進み
・組合製糸の社屋、繭・生糸の保管倉庫(1905年旧碓氷社本社事務所・1926年旧甘楽社小幡組倉庫
などの施設が次々にこの西上州の地に生まれました。

ぜひこれらの西上州に残るシルクロードの軌跡をあなたも辿ってみてください。

施設名
建立年
施設種別
高山社蚕室兼母屋 1875年 養蚕施設
めがね橋 1893年 碓氷峠鉄道施設
丸山変電所 1911年 碓氷峠鉄道施設
荒船風穴 1906年 養蚕施設
 

世界遺産についてはこちらのリンク集「世界遺産とは」をご覧ください。→「世界遺産とは」

日本の近代化に大きく貢献した富岡工女たち富岡製糸場には、全国から士族の女子が集められ、当時最先端の製糸技術を学び、その技術を郷里に持ち帰り、製糸業の指導者の役割を果たした女子も多くおりました。

その一人が信州・松代から富岡入りした旧真田藩士の家に生まれた、うら若き「和田 英」という名の工女でした。

当時17歳の英は選ばれた16人の松代の女子とともに富岡に来て、富岡製糸場で1873年~1874年まで修行しました。その後、出身である松代の地に「六工社」、という機械製糸場の創業に携わりました。その後も指導者として、製糸技術向上のため尽力したのです。

日本の製糸業の近代化が女性の手によって行われたことを証明する舞台がここ西上州なのです。

またこのときの英の見聞きしたものは「富岡日記」として残り、いまも当時の風景を垣間見ることができます。